東京高等裁判所 昭和58年(う)1270号 判決 1984年3月28日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中二二〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人高橋正八、同萩原菊次、同大高満範、同島田種次、同伊東哲夫、同明石一秀、同渕上玲子連名の控訴趣意書(弁護人の釈明については第一回公判調書の記載参照)に、これに対する答弁は、検察官鈴木薫名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意第一点(法人税法違反の法令適用の誤りの主張)について
所論は、要するに、法人税法一五九条一項の「法人税を免れ」るとの規定の意義は法人税の納税義務の確定を免れることのみをいい、正当額で確定した法人税の納付を免れることまでを含まないと解すべきであるのに、右の意義を拡大して解釈し、被告人らが、将来原判示の外国法人であるトーキョウ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイション、オーサカ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイション及びナゴヤ・オーサカ・フィルムカンパニー・インコーポレイテッド(以下これらを併せてフィルム三社と略記し、又は個別にトーキョウ・フィルムというように略記する。)の法人税が正当税額で申告されることにより正当に確定されることを前提とし、その確定した法人税の納付を免れる目的のみで行つたに過ぎない行為をとらえて法人税を免れるためにした不正の行為に該当する旨判断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈適用の誤りがある、というのである。
そこで、調査すると、原判決には所論の法令解釈適用の誤りがあるとはいえない。
法人税法一五九条一項・一六四条の逋脱罪は、行為者が納税義務を負う法人の業務に関し不正の行為をもつて納税義務を怠らしめ、その結果税金を免れさせたことによつて成立する犯罪であり(所得税逋脱罪についての最高裁昭和三八年一二月一二日第一小法廷判決・刑集一七巻一二号二四六〇頁参照)、同法七七条等に規定する納期限(原則として申告書提出期限)内に法人税を納付しないことにより同罪が既遂とする(入場税逋脱罪についての最高裁昭和四一年七月一二日第三小法廷決定・刑集二〇巻六号五六七頁参照。単純不申告後の不正の行為により法人税を免れた場合を除く。)ことにかんがみれば、同法一五九条一項の「税を免れ」るとは正当税額(抽象的租税債権の額)の法人税の全部又は一部を納期限に納付しないことをいうものと解すべきである。所論は、所得税法二四〇条に「税を納付しなかつた」と規定されていることと対比すれば、税を免れたとは税額を過少に確定することであるというけれども、同条の規定に右文言が使用されているのは、その罪の主体が納税義務者でなく、源泉徴収義務者であることに照応しているのに過ぎないから、所論の根拠とはならない。そして、法人税法一五九条一項の「偽りその他不正行為」とは、逋脱の意図、すなわち、正当税額の法人税の全部又は一部を納付しない意図をもつて、その手段として税の確定(賦課)又は徴収を不能若しくは著しく困難にするようななんらかの偽計その他の工作を行なうことをいうものと解するのが相当である(最高裁昭和四二年一一月八日大法廷判決・刑集二一巻九号一一九七頁参照)。したがつて、一応正当税額で法人税の確定申告をするつもりではいるものの、その法人税を納付しない意図で、その手段として税の徴収を不能若しくは困難にする工作をすることは、同法の不正の行為に該当するといわなければならない。虚偽過少の確定申告をし又は不正の行為を伴つて確定申告をしないことにより税を免れる通常の場合には、正当税額の一部又は全部である不申告分についてこれを確定させることなく(国税通則法一六条一項一号)、不申告分を納期限内に納付しないのみならず、納期限後における徴収手続の対象からも除外させて、事実上その納税義務の履行を免れるのであるが、法人税を正当税額で申告期限内に確定させた場合にも、事前の不正の行為により税を免れたならば、法人税法一五九条一項の逋脱罪が成立する可能性を否定することはできない。この点に関しては、所論の言及する国税徴収法一八七条一項、一八九条一項の滑納処分妨害罪の成立する範囲を考察する必要がある。すなわち、右滞納処分妨害罪が成立するためには、刑法九六条の二の強制執行妨害罪の成立に、現実に強制執行を受ける虞れのある客観的状態の下で行為をしたことが要求される(最高裁昭和三五年六月二四日第二小法廷判決・刑集一四巻八号一一〇三頁参照)のと同様に、現実に滞納処分を受ける虞れのある客観的状態の下において行為をしたことが必要であると解すべきてあつて、滞納処分妨害罪の対象となる行為は、事実上滞納処分が可能となる税額確定(確定申告又は国税通則法二四条の更正若しくは同法二五条の決定)の後に、かつ確定した税額に関してした行為のみに限られることになる。その結果、税額の確定する前の段階において、税を納付しない意図をもつて、将来予想される滞納処分、すなわち、税の徴収を不能若しくは著しく困難にするような財産隠匿等の不正の行為をしてもこれを滞納処分妨害罪の対象として処罰することができないことになる。このような滞納処分妨害罪成立の限界を考慮すれば、法人税法一五九条一項の逋脱罪の構成要件を前記のように解釈することには、納税秩序の維持の上からも十分合理性があるということができる。
以上の見地に立つて本件を見れば、原判示フィルム三社の実質的経営者である被告人が同三社の原判示事業年度の各法人税について、後記渡邉登から確定申告書の提出を拒否されるや、自分が表面上は同三社と無関係の立場にいるのに乗じ、確定申告をしなかつたというのであるから、(一)税を納付しない意図で、その手段として右確定申告書の提出期限の前に同三社の会計帳簿等をすべて廃棄又は隠匿した被告人の行為が法人税額の確定を著しく困難にする行為に当たるばかりでなく、(二)更に原判決の認定した次の行為、すなわち、被告人が渡邉登らと通謀して、その当時においては原判示フィルム三社の法人税を一応正当税額で確定させるものの、その所得を隠匿し、納期限内の法人税納付はもとより徴収に応ずる意思もなく、法人税を納付しない意図をもつて、まず被告人が事実上全株式を持つ東京農林株式会社(以下東京農林と略記する。)が取得したフィルム三社の全株式を第三者の渡邉登において東京農林から資金を借りて取得し、フィルム三社の実質上の経営者となつたかのような書類作成や経理処理を行つたうえ、フィルム三社の唯一の資産である不動産を原判示事業年度に売却して得た利益金のうち、その従業員との労働争議の和解金に充てた部分等の残金を同三社から渡邉個人に貸し付け、同人から東京農林に対する債務の弁済に供したもののようなフィルム三社等の架空の経理処理及び預金振替操作を行わせて事実を虚構した行為も、フィルム三社の損益・財務の正確な把握を誤らしめ、税務調査に重大な支障を生ぜしめる虞れがあるものであるとともに、同三社の資産を隠匿するものであつて、同三社に対する法人税の確定及び徴収を不能若しくは著しく困難にする偽計工作に当たることが明らかである。そうすると、これらの行為をもつて法人税法一五九条一項の偽りその他不正の行為に該当するとした原判決の判断には所論の法令解釈適用の誤りがあるとはいえない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点(法人税法違反の事実誤認の主張)について
所論は、要するに、(一)被告人と高橋薫及び渡邉登との共謀内容は単に正当に確定されることになつていた法人税の納付を免れようとしたものに過ぎないのに、法人税を免れようとしたものと認定したのは事実の誤認であり、(二)フィルム三社が土地売却利益を渡邉登に貸し付けたように仮装したこと及びフィルム三社の法人税を正当税額で申告できる資料を残してその会計帳簿等を廃棄隠匿したことは、いずれも所得秘匿の手段とはならないもので、逋脱の手段である偽りその他不正の行為に当たらず、したがつて、本件では偽りその他不正の行為がなく、単に法人税確定申告書を提出期限内に提出しなかつたに過ぎないのに、右仮装行為及び会計帳簿等の廃棄隠匿をもつて偽りその他不正の行為と認定し、被告人が不正の行為を伴う無申告により法人税を免れた旨認定したのは事実の誤認であり、(三)原判示各所得の計算には、(イ)フィルム三社が東京農林に対し不動産売却及び労働問題解決の業務代行の手数料として支払い若しくは負担した三億円、(ロ)フィルム三社が自社ビル建設計画のため株式会社アトリエモルフ建築事務所に対し負担し、ニッソウ化研株式会社が立替払いしたビル設計費四〇〇〇万円、(ハ)フィルム三社が渡邉登に対し負担し、東京農林が立替払いした労働問題解決・税金納付等の報酬の適正額を損金として計上すべきであるのに、これらを損金として計上せず、その分だけ所得を過大に認定したのは事実の誤認であり、原判決中のこれらの事実の誤認は、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、調査すると、関係各証拠を総合すれば、所論の各点を含めて、原判示法人税法違反の罪となるべき事実の認定は、優にこれを是認することができる。
まず、所論(一)については、原判決は、被告人らが本件犯行を共謀し実行するまでの経緯について、原判示冒頭の「三本件犯行に至るまでの状況」及び「四本件不動産の売却」と題する項において詳細に認定しており、関係各証拠によれば、優にこれを是認することができる。右の事実によれば、被告人が東京農林の事業としてフィルム三社の不動産による利得を企て、顧問税理士らをも交えて具体策を練り、正規の税金を納付しては利益を期待できないとの結論に達し、フィルム三社の株式取得の前からその法人税を納付しない意思を固め、単に税領当局の追求をかわす目的で名義上の経営者に渡邉登を仕立て、同人をして正当税額で法人税の確定申告をさせるが、実質上フィルム三社の資産をなくし、アメリカ国籍を持つ渡邉がアメリカに身を隠すなどして、滞納処分の実効を挙げさせないように事前に手を打つてその法人税を免れる計画のもとに部下らや渡邉と意思を通じて行動をしたこと、しかし、被告人は昭和五六年二月に入つたころ部下の髙橋薫から渡邉が確定申告書の提出を拒否している旨の報告を受けるや、自分らが書面上や会計処理の面では単なる資金の貸与者に過がない形になつているのに乗じ、高橋に対しフィルム三社の法人税確定申告書を提出しないように指示し、そのとおり実行させたことが明らかであるから、被告人に本件逋脱罪の共謀を認定した原判決には所論の事実の誤認はない。
次に、所論(二)については、被告人らにおいて、フィルム三社が不動産の売却利益を、同三社の費用に当てたものを除き、原判示第一の業務上横領の対象となつた預金分を含めて、名目上の経営者である渡邉登に貸し付けた等の外形を整え、フィルム三社に現金・預金が残らないように作為したこと等の仮装手段及びフィルム三社の会計帳簿等の廃棄・隠匿が被告人の指示又は了解のもとに実行されたことは、関係証拠により認められるところ、これらが偽りその他不正の行為と評価できることは、控訴趣意第一点に対する判断で示したとおりである。所論は、会計帳簿等の廃棄・隠匿の後に正当税額を算出し、確定申告書を作成することができたから、右廃棄・隠匿が所得の秘匿手段になつていないと主張するが、関係証拠によれば、高橋薫が昭和五五年一〇月上旬ころ会計帳簿等を含むフィルム三社の厖大な資料を一部を除いて廃棄した後、同年一二月二〇日過ぎころ元帳や試算表のコピーにより確定申告書及び決算報告書を作成したが、同月末解体工事の予定されていたビル内に残りの元帳等のコピーやメモ・伝票等を隠匿し、解体工事等によりこれを紛失させたことが認められるから、確定申告書の基礎となつたものの一部である元帳コピー等も隠匿廃棄されたことは明らかであつて、所論は採用できない。被告人は、他の者と共謀のうえ、申告期限の前の段階において、このような偽りその他不正の行為をしたほか、フィルム三社の原判示事業年度の法人税について確定申告書を提出せず、かつ納期限内に法人税を納付しなかつたのであるから、法人税逋脱罪の構成要件を充足する行為をしたものにほかならず、被告人に同罪の成立を認めた原判決には事実の誤認はない。
更に所論(三)については、原判決が(弁護人の主張に対する判断)二の1から3までのなかで詳しく説示しているところ、この判断もこれを支持することができる。
所論(三)、(イ)で主張するフィルム三社の東京農林に対する業務手数料三億円をフィルム三社が棄京農林に支払う旨契約し又は負担したという事実はこれを認めるに足る証拠がない。所論は、東京農林と渡邉登の間の昭和五三年七月六日付金銭消費貸借契約書(被告人の検察官に対する昭和五七年七月二・三日付供述調書末尾添付の書面で、昭和五三年一二月一〇日ころ作成したもの)の第一一条を援用するが、右契約書は、渡邉を東京農林から資金を借りてフィルム三社の株式を買い取つた人物に仕立てるために作成した効果意思の伴わない書面であるばかりか、同契約書一一条も、フィルム三社の取得する不動産売買益をフイルム三社や渡邉の手中に残さないようにする外形作出の一環として、渡邉から東京農林に業務協力報酬の名目で三億円を交付させることを規定したものであるから、同契約書が所論を根拠づけるとはいえない。また、所論は、現実に東京農林は職員にフィルム三社の業務の代行を行わせたからフィルム三社から報酬を受ける要因があると主張する。しかし、被告人の部下又はその委嘱した弁護士がフィルム三社の労働争議の解決や同三社所有不動産の売却に尽力したことは事実であり、被告人の部下らが東京農林の職員又はその委嘱を受けた者といえるとしても、被告人の部下らは、被告人又は東京農林の利益のためにもフィルム三社の右役務を行つたものであるから、東京農林とフィルム三社との間で特に支払いの契約があつたといえない以上、フィルム三社が東京農林に対し右役務の報酬支払いを負担したものとはいえず、これをフィルム三社の損金に計上することはできない。
また所論(三)、(ロ)のビル設計費四〇〇〇万円については、関係証拠によれば、右ビル設計費の対象となる建物の敷地はトーキョウ・フィルムの所有する地であつたが、トーキョウ・フィルムが昭和五五年一〇月二日同土地を真実ニッソウ化研株式会社に売却していること、ニッソウ化研が同年一一月二九日アトリエモルフ建築事務所との間で仮称銀座東ビル新築工事の設計を含む業務委託契約を結び、同年一二月一〇日から昭和五六年六月一〇日までに四回に分けて合計四〇〇〇万円の設計費を支払つたことが認められるところ、フィルム三社がアトリエモリフ建築事務所又はニッソウ化研に対し右設計費支払を負担したと認めるべき証拠はない。しかも、右仮称銀座東ビル建築の業務委託契約の締結時にはトーキョウ・フィルムは既に土地所有権を失つており、トーキョウ・フィルムを含むフィルム三社が同土地の上にビルを建築する権原を持たなかつたのであるから、フィルム三社には右業務委託契約を結ぶいわれはなかつたといわなければならない。したがつて、アトリエモルフ建築事務所に支払つた前記設計費をフィルム三社の損金に計上し得る理由はない。
所論(三)、(ハ)の渡邉登に対する手数料もフィルム三社の損金に計上すべき理由は見出されない。渡邉は、東京農林がフィルム三社の株式を取得するために仲介をし、その後フィルム三社の法人税逋脱の目的でなされた種々の仮装工作に協力し、それらの報酬として東京農林から合計一億六二〇〇万円相当の現金等を受領しているけれども、右仲介の報酬はもとより、右仮装工作協力の報酬がフィルム三社の損金に計上できないことは当然である。所論は、渡邉に対する右支払の趣旨のうちには、同人のフィルム三社の業務執行に対する報酬の趣旨も含まれていたから、この報酬の部分はフィルム三社の負担すべきもので、フィルム三社の損金に計上できると主張する。しかし、同人に対する前記支払の趣旨に真実フィルム三社の業務執行の対価とする趣旨も含まれていたとは認められず、現実にも同人がフィルム三社の原判示事業年度の業務には関与していないばかりでなく、仮に、業務執行の対価の趣旨が絶無でなかつたと見ても、期待される右業務執行は、被告人又は東京農林の利益にもなる行為として、東京農林からの報酬のなかに包含して評価ずみであつたと認めることができるから、渡邉の業務執行に対する報酬の部分が当然にはフィルム三社の負担すべきものとしてその損金に計上できるとはいえない。原判決にはこれらの損金計上に関する事実の誤認はない。
以上のとおり、原判決にはいずれも所論の各事実の誤認がないから、各論旨は理由がない。
控訴趣意第三点(量刑不当の主張)について
所論は、要するに、原判決の量刑は、刑の執行を猶予しなかつた点で、重過ぎて不当である、というのである。
そこで、調査すると、本件は、被告人が原判示フィルム三社の実質上の経営者(所有者)として業務全般を統括していたものであるが、第一に高橋薫と共謀のうえ、同三社のうちのトーキョウ・フィルム所有の銀座ビル売却代金の一部を普通預金口座に入金し同会社のため業務上預り保管中、うち二億四三〇〇万円を同口座から自己の用途にあてるため払戻して横領し、第二に高橋薫及び渡邉登と共謀のうえ、フィルム三社の業務に関し同三社の昭和五五年一二月期の各法人税を免れようと企て、それぞれの所有していた不動産を売却して得た所得を渡邉に貸し付けたように仮装するなどの架空の経理処理・預金振替操作をして事実を虚構し、かつ各会社の会計帳簿等を廃棄・隠匿する不正の行為により、同三社の所得が実際には合計三一億五一〇五万八四三三円であるのに、申告期限内にその各確定申告書を提出しないで、正当税額一二億五七九〇万二八〇〇円の全額を免れたという事案であるところ、本件の犯情については、原判決が(量刑の事情)として適切に説示するとおりであつて、右横領金額及び逋脱法人税額がいずれも極めて高額であること、被告人はトーキョウ・フィルムの右預金をあたかも自己の当然の取り分であるようにして払戻して横領したうえ、その大部分を自己の仮名預金口座に入金して高級住宅購入の頭金や家族経営の会社に対する貸付金に当てたほか、五〇〇〇万円を愛人の関係するクラブの経営資金として貸し付け、その余を家族の高級毛皮・宝石等の支払いや生活費等の個人的用途に費消したこと、法人税逋脱の態様が被告人において高価な不動産を持つフィルム三社の実質上の経営者となり右不動産を転売し高所得を挙げながらその法人税を全く納付しないで済ます策を練り、弁護士・税理士の指導も得て表面上緻密で整然とした書面の作成や会計処理をして仮装手段を尽し、税務調査や滞納処分にも耐えられるように工作し、最終的には仲間割れのため確定申告書を提出しての逋脱から無申告の逋脱に計画を変更して本件を実行したものであつて、極めて周到かつ巧妙に計画された犯行であること、本件が無申告事件のため所得秘匿率及び税逋脱率がともに一〇〇パーセントであること、逋脱した税金分を含む金員が東京農林、被告人及び渡邉登に渡り費消されていることの諸事情を認めることができる。所論は、本件法人税法違反は実質的には国の徴税権を侵害したものではないとして、若しも、親子会社の損益通算を認める連結納税制度の立法のもとであつたとすれば、高額の繰越欠損のある東京農林を親会社に持つフィルム三社の法人税額が軽減され、又は、若しも、被告人が外国会社であるフィルム三社の所有不動産を現物出資させて国内会社を設立し、新会社を東京農林に吸収合併させたうえ、フィルム三社を解散させる措置を講じていたならば、実質上損益が通算されて全体として法人税額が軽減されると主張する。しかし、所論の現物出資による新会社設立、合併、解散の各手続は、自社内の手続及び関係機関の関与手続が複雑でかなりの期間を要するところ、本件の場合労働争議中に前記措置をすることは、実際上の可能性に乏しいから、その解決を見た昭和五五年一〇月以降に右措置をするとすれば、所論の目的達成に必要な原判示事業年度内の右合併終了が可能であつたかは甚だ疑わしい。また、通常の事業目的による組織再編成ではなく、入念で遠廻りな税軽減策の一環である所論の現物出資が、通常の事業目的による組織再編成を保護する立法目的をもつ法人税法五一条一項の趣旨に照らしてそのまま同条の現物出資に当てはまると見るべきかは問題であつて、同条一項を限定解釈すれば、同条一項で許される譲渡益相当額の圧縮記帳ができず、フィルム三社の法人税の軽減に役立つことにはならない(なお、所論の場合、東京農林が実質上フィルム三社を直接吸収合併したことと同じであると見れば、法人税法施行令一七〇条の適用も問題となる。外国法人の清算所得課税問題については原判決参照。)。いずれにせよ、現実とは異なつた立法や実際とは違う法律事実の存在を仮定して論ずることは、その仮定を被告人にとつて利益になる形に限定して論ずべきであるとはいえないから、被告人に不利益になる可能性も生じ、現行法下の一定の事実関係における具体的事件の犯情を評価するうえで必ずしも意義のある議論とはいえない。
以上の諸点を考慮すると、被告人の犯情は芳しくなく、その刑事責任は重いといわなければならない。そうすると、被告人には前科がないこと、被告人が国会議員を二期勤めるなど社会に貢献した業績があること、本件で業務上横領した金額を被害会社に弁償し、それが同会社から法人税として納付されたこと、被告人が本件を深く反省していること、共犯者渡邉登が本件に深くかかわりかつ高額の利益を得ながら、高令とはいえ訴追を免れていること、その他所論の指摘する社会的制裁、家庭事情等の諸事情を十分考慮しても、本件が刑の執行猶予を相当とする案件とは認め難く、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえないから、論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未勾留日数中二二〇日を原判決の刑に算入することとして、主文のとおり判決する。
(海老原震一 和田保 杉山英巳)